Thursday, December 22, 2005

十七日観潮 陳師道

十七日潮を観る
漫々たる平沙 白虹(はくこう)走る
搖台(ようだい) 手を失して 玉杯空し
晴天搖動す 清江(せいこう)の底
晩日(ばんじつ)浮沈す 急浪の中(うち)

Monday, September 12, 2005

秋になった。
芽がふき、大輪が咲いて、そして散る。
散るのが秋である。秋は越冬の準備期間で
ジャンプする前に身をかがめる時。
充分身を低くかがめて、冬の息を止め、呼吸をはかり、
春にジャンプ。身をかがめればかがめるほど、春の跳躍は大きい。
秋は侘しさを骨身にしっかりと刻んで、失うことをよしとする季節。

菅家文草 菅原道真  隠岐の島にて詠める
 秋
涯分浮沈更問誰  
秋来暗倍客居悲  
老松窓下風涼処  
疎竹籬頭月落時  
不解弾琴兼飲酒  
唯堪讃仏且吟詩  
夜深山路樵歌罷  
殊恨隣鶏報暁遅 
 
涯分(がいぶん)の浮沈 更(さら)に誰にか問はん
秋よりこのかた暗(ほのか)に倍(ま)す 客居の悲しみ
老松の窓の下(もと)に風の涼しき処(ところ)
疎竹の籬(まがき)の頭(ほとり)に月の落つる時
琴(きん)を弾(ひ)き兼ねて酒を飲むを解(さと)らず
唯(ただ)仏を讃(たた)へ且(か)つ詩を吟ずるに堪(た)ふるのみ
夜深くして 山路(さんろ )に樵歌(せうか )罷(や)む
殊(こと)に恨むらくは隣鶏(りんけい)の暁(あかつき)を報ずることの遅きことを

解説は下記のサイトがとても親切ですばらしかった。
山陰亭 
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/ymkg/jcp/jcpkb196.shtml

Thursday, August 04, 2005

望天門山 李白

天門山を望む

天門 中断して楚江開く
碧水(へきすい)東流して日田に至って廻る
両岸の青山 相対して出で
孤帆(こはん)一片 日辺(にっぺん)より来る

天門は真ん中から二つに断ち切られ
その間に長江の流が開けている。
緑の水は東に流れてきたが、
ここで北に向かって流れる。
両岸には青い山が向き合って突き出ており、
その間を帆船がひとつ、はるかかなた西の太陽が
沈むあたりから下ってきた。

石川忠久 漢詩への誘い NHKカルチャーアワー 2005年、4月~9月より

張主簿草堂賦大雨 元好問

ちょうしゅぼのそうどうにて たいうをふす

せき樹 蛙(かわず)鳴いて雨季を告げ
忽ち驚く 銀箭(ぎんせん) 四山(しざん)に飛ぶを
長江の大浪(たいろう) 横に(ほしいままに)潰えん(ついえん)と欲し
厚地高天 合囲するが如し
万里風雲 偉観を開き
百年毛髪 余威(よい)凛たり
長虹(ちょうこう)一たび出でて 林光動き
寂歴(せきれき)たる村きょ 落き 無無し

せき水のほとりの樹木で蛙が鳴きはじめ
雨の訪れを告げると
まあ、なんと白銀の矢のように早い雨
脚が、周囲の山なみに飛来してくる。
大川や大波は、勝手な方角に決壊し、
そのさまは大地と大空が、ひとつになって
取り囲んでいるかのようだ、
万里にわたって狂奔する風と雲は、
すざましい景観をくりひろげるので
わが一生の終わりまでも、そのすざましさに
髪の毛が逆立つようである。
やがて虹が長くそらにかかり、
七色の光で木立ちが明るくなると、
寂しい村里にさす夕日の光も
虹の華やかな色の前では一考にさえない。

石川忠久漢詩へのいざない 2005年4月~9月 80頁より

Thursday, June 16, 2005

花無心招蝶

花無心招蝶   花心無くして蝶を招き
蝶無心尋花   蝶心無くして花を尋ぬ
花開時蝶来   花開く時蝶来り
蝶来時花開   蝶来る時花開く
吾亦不知人   吾れも亦人を知らず
人亦不知吾   人亦吾れを知らず
不知従帝則   知らず帝の則に従う
  ※帝則=自然の道に依る

漢詩茶館
http://www.urban.ne.jp/home/araishi/kansi/
(岩波書店「良寛詩集」)

ハナハナーンモセンデモチョウガヨッテキマッセ
チョウハナーンモオモワンデモハナニヨリツキマッセ
ハナガオトシゴロニナルトチョウガクルンデスワ
ギャクニヤナ、チョウガクルトハナガヒラクンデスワ
ヒトッテノモジブンノコトワカッチャオランノデス
タダシゼンノナスガママニイキトルンデスワ
チャイマッカ

Friday, May 27, 2005

勧酒

コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」 ダケガ人生ダ

   勧酒金屈巵
   満酌不須辞
   花発多風雨
   人生足別離

井伏鱒二 『厄除け詩集』 より。

Friday, May 20, 2005

帰去来

帰去来兮
行ったり、来たり、帰ったり。

請息交以絶遊
遊ぶのやめたら、息も絶え絶え、

世與我而相遺
世に起こる興味あることやっちゃおよ。

復駕言兮焉求
ここはまったくわからない。

悦親戚之情
親戚みたいで、楽しいなー。

楽琴書以消憂
お琴の楽譜は楽しいな。
憂鬱気分もすっ飛ぶぞ。

originally posted by Map Robo

Saturday, April 30, 2005

水彩風景

歴代中国の女性詩人の作を集めた佐藤春夫の訳詩集 『車塵集』 より。

杏咲くさびしき田舎
川添ひや家をちこち
入日さし人げもなくて
麦畑にねむる牛あり

      杏花一孤村
      流水数間屋
      夕陽不見人
      牯牛麦中宿

前に map さんが言ってたように、訳がいいよね。原文だけでは、味わいがずっと薄まってしまいそう。もちろん、われわれの読解力の問題ではあるのだが。

最後の行の先頭の文字は、環境によっては化けるかもしれない。「牛」偏に「古」という字です。私の持ってる漢和中辞典には載ってない字ですが、老いた牛という意味だろうか。違うかも。